12月30日 介護保険

もう、母の事は書かないつもりでしたが、今年最後にもう一度書こうと思います。
なんていいつつ、来年も書いてたりしてね。

普通、癌で病院にかかっている場合、「介護」という言葉は思いつかないと思います。
私たちもそうでした。
癌治療で病院に通院していてるのだから、たとえ寝たきりになるようなことがあっても「治療」であって「介護」ではないと思っていたのです。

2年前の信濃町の病院でのことです。
2年前ですから母はものすごく元気でした。
元気・・と言うのは抗癌剤治療をしている人間には適していない言葉かもしれませんが。
勿論、車椅子も杖も使っていませんでしたし、スタコラスタコラ先に歩いて後ろからついていく私が遅いといつも言われていたほどです。
そんなある日、病院の看護師さんが私たちに
「介護申請をしておいた方がいいですよ」
と言ってきました。
私は、『癌で介護保険が使えるの?』と内心思い。
母は、『何よ失礼な。』と口に出して憤慨していました。
看護師さんは「申請だけしておけばいいんだから」とその時何回も勧めてくれたのです。
元気な母をみている私には「介護」の言葉がピントこず。
我が家の暗黙の決まり事は最期まで私一人で母をミルことでしたし、家に他人が入るなんて考えられないと言う母でしたので、いつのまにかその看護師さんの言葉は我々の脳裏から薄れていました。

しかしそれから2年、それこそ最期の頃になってくると周りの人間は不安になってくるのです。
自分だけで抱えて着替えや食事や排泄や一応見よう見まねで頑張ってみました。
多分母からしたら、いい加減な私のやりかたに相当ふまんだったことでしょうが。
でもそんなことは体力勝負なので、別にヘルパーさんに頼もうとも思いませんでした。
ところがです、彼女の具合が悪い日はとっても不安になるのです。
素人の私では医療的なことが分からない。
今苦しんでいる彼女にどうしたらいいのか・・・
その時、決断しました。介護申請をしようと。
訪問介護ではなく、訪問看護を頼みたくなったのです。
お医者様や看護師さんに来てもらって様子を診てほしい。
そう思って、介護申請をしに役所に行ったのが亡くなる2ヶ月前でした。
調査員が来るのも嫌がっていた彼女、でもいつまでも家にいたい気持ちが強く調査員を受け入れました。
その時はまだ支えて歩けるほどだったのに、決まった申請結果は「介護5」でした。
そしてその結果が出たのがもう病院に入院してしまってからでした。
役所の仕事です。申請から決定まで2ヶ月。
支えて歩けた結果が「介護5」。
母はもうそれ以上に悪くなっていました。
病院のベットに寝たきりで酸素と点滴。

病院に入っていると介護5だろうとなんだろうと、介護保険は使えないのです。
介護道具にしてもオムツにしても自宅で介護していることが前提だそうです。
結局下りた介護結果は何にも役に立ちませんでした。
でも、それも母の望んだことだったので良かったかもしれません。
「介護保険は払うけど自分は使わない」よく言っていましたから。
最期は家で・・が本心だったでしょうが、それだけは私に勇気がありませんでした。
そんな医療設備のない我が家で彼女を置いておくことができなかったのです。
2年前に介護申請を勧めてくれた看護師さんがいいました。
「ぎりぎりまで自分の家でよく頑張ったわよ、お母さんもあなたも」
せめてそうだと思いたい・・それが正直な気持ちです。

最後に言いたいことが2つ。
癌で頑張っていらっしゃる方、そのご家族の方。
癌患者でも介護保険を使えます。介護申請も出来ます。
もし、使ってやっていこうと思われるのなら、早めの申請が必要です。
寝たきりになって不安になってからでは何も使えません。
看護士さんに家に来てもらったら少しは周りのものが安心出来ます。
介護タクシーも使えます。

もう1つは。
介護5だとか、介護保険を使ってらっしゃる方。
そうとうご自分が悪い状態だと思ってらっしゃるかもしれませんが、全然そうではありませんから。
介護5でも、車椅子でも、周りの介護の手が必要でも、母から比べてみれば、とっても元気な状態ですから。
めげたりせず、頑張ってください。
堂々と周りの人間に介護されてください。堂々とです。

介護申請をしてから2ヶ月経ってやっと下りた「介護5」の通知。
それから10日後に母は息を引き取りました。
10日間では何も使えなかったけれどそれは我が家にとってはいいことでした。
いいことでしたけど・・・
その1週間後に、我が家に封書が届きました。
「○○○さんは亡くなられたので、介護保険は使えません」との通知。
決定するのに2ヶ月待たせて、その資格を取り上げるのには1週間かい!!
日本の役所はこんなものです。
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by keshi-gomu | 2007-12-30 23:04 | MIKANさんの目がテン!

12月27日 忘年会その2

今年最後の忘年会が行われました。
仕事終わりのパスタ屋さん集合で、三々五々次第にメンバーが集まってきます。
予約してあったのに、お店も用意をしていないので、なかなか乾杯ビールも出てこず、お預け状態。
幹事が「ビールをお願いします」と言ったら、
お店の返事「グラスが足らなくて・・」
って、
『そんな何百人の宴会じゃないんだからぁ・・・グラス用意して置いてよぉ・・』
お腹の空いた一番乗りの私たちは言いたい放題。
開始予定時刻から待つこと約1時間遅れで乾杯発声です。
忘年会開始だぁ!
日頃の疲れを先ずはビールで。
待たされたビールは美味しいですね。
もしかしたら、これも演出?・・・・なんてね。
始まったら料理がどんどん運ばれてきました。
本当に、グラスがなくて最初遅かったんですねぇ・・・

みんなで喋りながら、ワイワイとモグモグと。
楽しい時間が過ぎていきました。
一時歓談したところで、ビンゴ大会が始まりました。
豪華景品が当たるという噂の!!
1番目にビンゴの人は「湯煙漂う温泉にご招待!」が当たりました。
最初から凄いです。袋いっぱいのバスセット。
色々ありました。「牛乳1年分」、や「牛乳2年分」が当たった人。
それぞれ、袋に1本の牛乳と2本の牛乳を提げて帰りましたけどね。
一番面白かったのは、「巨匠が釣る真鯛獲得券」。
社内に釣りの大好きな人がいて、その人が2008年中に真鯛を釣り上げたら調理して進呈するというものです。
釣り上げたら・・・がつくのですが。
過去釣った写真を見ると1メートル位の真鯛を抱えてる物でした。
巨匠に頑張って欲しいですね。
じゃあ、MIKANは?
当たりましたよ、私も。
なんと!!「冬・コタツの代名詞」が!!
「本場和歌山直送の有田みかん」です。
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MIKANがみかんを当てました。
とっても美味しいみかんです。ついてるのよねぇ!

ゲーム大会やらもあり、幹事さんの苦労が肌で感じられた忘年会でした。
ワインが美味しかったので調子づいて飲んでしまった私は、珍しく酔っていました。
楽しいひとときが終わって気が付けば12時近く。
カボチャの馬車に乗ってMIKANは帰っていきましたとさ。

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そう言えば、ビンゴやゲーム、おしゃべりに夢中になって、料理を写すのを忘れてました。
気が付いたらデザートのアイス。取りあえずこれだけカメラに。
向こうから出ている×は、ゲーム大会で使った×です。
みんなイタズラなんだから。
おいしそうなアイスでしょ。アイスは○です。
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by keshi-gomu | 2007-12-28 12:37 | 食いしん坊!乾杯!

12月26日 NHK

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私の親友から、ハガキがやってきました。
NHKで放送される番組のハガキです。
彼女は、テレビ番組を作る仕事をしています。
残念ながらテレビ番組に出る仕事女優さんではありませんが。
なので、自分の手がけた番組が出来上がると、知らせてくれるのです。
今回は、NHKですが…民放も手がけています。
ハガキを読んでみましょう。
「絶景エベレスト街道をゆく」本当に絶景で雄大な番組のようです。
お正月に向けて自然のドキュメンタリー番組が始まったのですね。
オンエアは、
12月29日19時30分~20時40分
1月3日15時20分~16時30分
見てやってくださいね~。
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by keshi-gomu | 2007-12-26 16:08 | 自然百景

12月22日 とうじ

とうじ・・・・
卒業生代表・・・
・・・・・なんて書くから、おやじギャグだって言われるのだ。

冬至・・・
寒いわけです。冷たい雨が降っていますが。
このままホワイトクリスマスに突入でしょうか・・・

この頃、寒さが身に染みるようになってしまったMIKANです。
世の中のお嬢様方は、クリスマスファッションに身を包み・・
見ればあの薄さ・・・美しいけど、きゃぁ~寒そう!!
そういやぁ、十代、二十歳代、もういっちょおまけに三十路代は、MIKANも薄着で表を歩いていたっけ?
・・・ってことは、MIKANは三十路じゃないのね?
昔は寒さが違った?・・なんてことぁないしね。

今のMIKANは、着込んで着込んでその上に着込んで・・それでも寒い。
十二一重・・十二二重・・・いや十二袷だ。
(何言いたいの?)
毎日、八甲田山に向かうかごとくの重装備ででかける私。
体質改善でもしなけりゃ寒さ解消はできないのでしょうか?

ゆず湯にでも入ろうかなぁ・・・
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by keshi-gomu | 2007-12-24 00:01 | MIKANの部屋

12月21日 忘年会

毎年、この時期の日記には忘年会が登場しますね。
今年はコーラスの忘年会が先でした。
・・・って、コーラスは今年入部したのだから、初めてですけどね。

忘年会は、今年を忘れる為に飲むのかぁ・・・
忘れたい事もいっぱいあった年だけど、
いいにつけ、悪いにつけ・・・忘れられない事もいっぱいあった年。
忘れたくないこともいっぱいあった年。
私にとっての今年を一言で表したら 『驚きの年』でしょうか。
公私につけ、驚かされた一年でした。

嫌な人に驚かされた年でした。
でもそれ以上に、優しい人々に励まされた年でした。
私を支えてくれる素敵な人がいっぱいいると自負できた年でした。
プラスマイナスをすれば、人との出会いがいっぱい出来て大きくプラスで終わったみたいです。

母の死は最高の驚きでしたが、母の偉大さを実感出来た年でもありました。
やっぱり、今年は忘れたくない年ですね。

・・・と言いつつ・・・
飲んじゃうんですよ、楽しいからね。
きゃはぁ~、能書きゃいいから、飲んじゃえぇ~って感じで。
なんだぁ、いつものMIKANじゃないの・・ってか?
日本酒飲んじゃいましたよ。
そして、毎年の様に、最終電車でタクシーの列待ち・・・
師走の金曜日は切ないねぇ。

コーラス部、万~歳ぃ!!
・・・・いえいえ、全然酔ってませんから。

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今日は、千葉のイルミネーションをアップです。
千葉にはトナカイがいっぱいいましたよ。
放牧かぁ?
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by keshi-gomu | 2007-12-23 23:20 | おもいでほろほろ

12月14日 再開…再会

ずいぶんお休みして…
久しぶりにコーラスに行ってきました。
練習再開と言うわけです。
優しく受け入れてくれる皆さん…嬉しいですね。
しかし・・
久しぶりに出てみると困ったことが起こりました。

コーラス部は、合唱祭もコンクールの本番も終わり…
歌う楽曲が変わっていたのです。
しまった!
耳が頼りの丸暗記コーラス部員としては、新しい曲になると…
あら~
入部したてに戻っている~
歌うというのは、気持ちがいいのは変わりありません。
しかし・・歌えない・・となるとね・・
ま、先は長いか…
私のコーラスは楽譜ごとにリセットされることが判明しました。

リセットされなかったのは、その後の二次会。
ん?
二次会?
練習が一次会?
ま、細かいこと言わないで。
みんなで飲めば怖くない。
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帰りは、有楽町から東京駅まで深夜のお散歩。
写真は東京駅のイルミネーションです。
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by keshi-gomu | 2007-12-17 21:57 | 芸術シアター

12月13日 閑話休題

MIKANはどういう訳かお総菜やさんによく行きます。
今日も、どういう訳かいつものようにお総菜やさんに行きました。
どれも美味しそう・・と、目移りをしながら総菜選びをしていた時、
そこに賑やかな老夫婦がやって来ました。
その老夫婦の会話です。

「あら、お父さん、ここのお店安いわねー」
「うん、どれも美味しそうだなー」
夫婦って面白い物ですね、これで会話が成り立っているのですから。

「お父さん、家にご飯が沢山あるから、何かおかずを買って行ってすませましょうよ。好きな物選んでくださいな」
「そうだな、どれにしようかな」
夫婦は別々の陳列棚を見て回っている。
「ほら、この煮物いろいろ入って安いわ。これ買いましょうか、家にご飯は沢山あるし。」
煮物は今日の目玉商品のようだ。さらに20%offのシールも貼られている。
「お父さん、何がいいですか、好きな物選んでくださいね」
「これ、揚げ物と魚も入って美味しそうだね」
お父さんは幕の内弁当を見つけたらしい。
「それは、ご飯も入ってるじゃないですか。ご飯は家にいっぱいあるんですから。この煮物美味しそうだわ。お父さんはどれが食べたいですか」
最初のお弁当を諦めて、新たに食べたい物を見つけたお父さん。
麻婆丼を手にして・・・
「あ、これも美味しそうだよ」
「それは下にご飯が入っているんですよ。ご飯は家に沢山ああるんですよ。好きな物を言って下さいよ、どれにしましょうね」
お父さん、もう一つのお弁当に目がいったが・・
お母さん、呟くように言った。
「ご飯はあるのよね、ご飯は」
「で、お父さんは何がいいですか?」
「・・・・何でもいいよ」
「あらそうですか~?こんなに美味しそうな物がいっぱいあるのに・・選べばいいのにねぇ。じゃ、この煮物買いましょうね」
一件落着したらしい。

お総菜やさんにもドラマがあります。

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by keshi-gomu | 2007-12-13 21:59 | 今日のデキゴト

12月2日 クリスマスの季節

今年もクリスマスの季節になりました。
あっという間の12月というのが正直な感想です。
どうしようかと悩んだ末に、結局今年もイルミネーションを飾りました。
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母が亡くなってまだ半月というのに、クリスマスイルミネーションを飾るのか・・
とお叱りを受けそうですが。
実はこの飾り付けは、毎年母が楽しんでやっていた我が家恒例の行事だったのです。
もう20年以上続けています。
今でこそ、多くの家庭で飾り付けていますが、最初は物珍しく思われていました。
近くのお子さんが楽しんでくれるから・・
と、ファンタステイックな夢のある飾り付けが彼女のモットーでした。
「おばちゃん、ありがとう」と手紙を貰ったり、絵を描いて持ってきてくれる近くのお子さんたちと毎年楽しそうに会話していました。

去年私は、イルミネーションを沢山買い込んできました。
サンタにトナカイにスノーマンにミッキーに。
夜の我が家の明るかったこと、賑やかだったこと。
それでも全部飾り付けられず、面倒になった私は、母に
「これは来年にしようね」
と言って箱から出さないものがありました。
その時、母はyesともnoとも言わず・・
「来年・・」
とだけ言ったのを覚えています。
今年のクリスマスにいない彼女を思うと、去年全部飾り付ければよかった・・
悔やまれます。
去年のイルミネーションが母にとっての最後のクリスマスになってしまったのです。
最高に賑やかだったのが最後の花火みたいで・・
今となってはある意味悲しい感じもします。

先月入院先で、寝ている母に言いました。
「もうすぐクリスマスね。今年もイルミネーションやるんでしょ?」
すると嬉しそうに微笑んで、首を力強く縦に振って頷きました。
家に帰って、一緒に飾り付けをしたかったのよね。

今年の飾り付けは私一人で・・少々静かめ。
「はい、出しましたよ。去年箱から出さなかったサンタさんを」
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約束だものね。
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by keshi-gomu | 2007-12-02 23:07 | おもいでほろほろ