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カテゴリ:週刊テレビ批評( 152 )

2月28日 『八重の桜』 誰が主人公なんだ?

NHK大河ドラマ『八重の桜』

始まりはいつも可愛い子役登場で、子役にドラマを乗っ取られるのではないかとヒヤヒヤさせられた・・・とか。
お転婆な女性を描くためには、NHKはあの有名な『おはなはん』を筆頭として、いつも主人公に木登りをさせるのだ・・・とか。

そんな、いちゃもんを言っていられるうちはまだよかった。
主人公が、ちゃんと「山本八重」だと分かったからだ。

今は、なんだか教育テレビ(ETV?)の歴史学習ドラマを見ているようなのだ。
幕末の年号を覚えながら歴史資料を動く写真で確認しているよう。

主人公山本八重、綾瀬はるかはどこへ行った?

そりゃ、西島秀俊の肉体美もいいかもしれないよ。
綾野剛の華麗なる会津の殿様ぶりも素敵かもしれないよ。
西田敏行を初めとして、それぞれの役者が幕末のドラマを厚く熱く演じているけれど・・・・
もっと綾瀬はるかを前面に出そうよ。

主人公は得てして自分が好かれていることに気がつかない。
そんな面白い場面ですら数秒か?
玉山鉄二とのその思いのやり取りをもっとここまで引っ張っても面白かったのにぃ~
その思いを長谷川博己がそっと分かっていて二人の時間を作ってやった。
いい場面なのにそれだけで終わりぃ?

恋愛ドラマのようなちょっとじれったい若者を描く・・・・
その中にも主人公はいない。

主人公山本八重、綾瀬はるかはどこへ行った?

それが、今の大河の視聴率低下の原因なのではないだろか?

by keshi-gomu | 2013-02-28 20:51 | 週刊テレビ批評

2月12日 『八重の桜』 視聴率稼ぎに『裸にしたい男』を裸にするNHK

NHKの大河ドラマ『八重の桜』の視聴率が落ちたきたようだ。

2月10日今回の視聴率は、15.3%だそうである。

コマーシャルがないのだから視聴率なんて気にしなくていいだろうに・・・

NHKもやはり視聴率に翻弄されるようだ。

同じ日曜日のTBS『とんび』が抜きん出てきたものだから余計に『八重の桜』スタッフ、慌ててきたらしい。

その慌てぶりが、イケメン俳優たちの露出度に表れている気がするのだ。


これはたぶん、σ(^_^)の推測だけじゃないと思うのだが・・・


今回話で一橋慶喜のシーンが出てきた。

登場シーン。

何故に片肌脱いだ小泉孝太郎が現れる必要があるのだ?

慶喜が剣を振るっていたとか運動をしていたと想像させようとした・・・と素直に理解しようとは思うのだが。

なかなか見られない小泉孝太郎の胸板を見せられてしまったかぁ・・・と思った。

σ(^_^)ファンなのよねぇ、小泉孝太郎の。
だから、喜ぶと思うでしょ?
男性俳優の身体を見せてやれば、女性は誰でも喜ぶと思ってるでしょ?
そうじゃないのだよ、私はいつもキチンとしている小泉孝太郎だから好きなのだよぉ~。
ま、その辺の個人的好き嫌いは置いとくとして。

数話前には、八重の兄、山本覚馬が上半身脱いでいたこともあったっけ。

どうも、σ(^_^)は恥かしくなって目を伏せてしまうのだが・・・その時の西島秀俊が体を鍛えていたのには驚いた。

腹筋も割れているようだし、あれは相当ジム通いしているのかな・・・なんて。

見てるじゃん・・ってか?覆った手の指の間から垣間見たのよ。

西島秀俊の線の細さから、今まで身体の作りを気にしたことがなかっただけなのかもしれない。

いくら視聴率が落ち気味だからって、そう言う手に出てきましたか?NHK。

西島秀俊に小泉孝太郎、次は長谷川博己か?

サスペンスドラマで言えば視聴率稼ぎに入浴シーンを入れる手法みたいなものだ。

いくら、徳川家のお話だとしても、『水戸黄門』の由美かおるじゃないんだからさぁ~

流石にNHKだもの、イケメン男性俳優の入浴シーンまではありえないだろう。

・・・と思っていたら・・・・言い当てちゃった・・・

次回は、お待ちかね(?)『八重の桜 裸にしたい男』入浴シーンのようである。

NHKホームページ http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/outline/ 
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女性相手の視聴率稼ぎだろうか?

それとも『裸にしたい男』の裸を見たがる男性相手の視聴率稼ぎだろうか?

by keshi-gomu | 2013-02-12 22:51 | 週刊テレビ批評

2月3日 TBS『とんび』を結局見てしまった

NHKの『とんび』があまりに素晴らしかったので、TBSの『とんび』は見ないと決めた。

NHK『とんび』で泣くだけ泣いたもの・・・

同じ題材をドラマ化となると絶対に比べたくなるものね。

堤真一のヤスがありえないほどよかったのにさ。

だから絶対に見ないと決めたはずなのに、結局見てしまった。

あれから数週間も経っていないのに。

第2話から保育園時代のお話となると、第1話でおかしゃんの死まで放送してしまったんだね。
(第1話ここは見逃した・・だが、話は知ってる)

NHKの堤真一や小泉今日子・・・などのイメージを崩さないでおくれと、こわごわTBSを見たら・・・

時間が経ったせいか、なんだかTBSの内野聖陽や麻生祐未のとんびのイメージがもともとあったかのような世界を作り出していてスムーズに入り込んでしまったよ。

がらっぱち(表現が微妙に違うか)演技を堤真一が無理しているかな・・と思っていたが、内野聖陽のヤスは悲しさ優しさ包み込んでいていいねぇ。

『仁』の時の坂本龍馬では特有の内野聖陽節を見せてくれていたけど、役一人一人を作り上げる俳優なんだなぁと感心して見ている。

子役も上手なんだが、下手すりゃ子役の演技と対等に立ち振る舞う大人が多い中、内野聖陽は子役を受け止めるだけでなく子役の演技を引き出す力さえ持っている気がする。

ヤスになりきっているのだろうね。

やっぱり比べたくなるのは、あの海岸の背中の手のひらシーンだ。

和尚の神山繁の重々しさを柄本明で出せるのかなと思っていたが、どうしてどうして柄本明の存在の方が素敵に感じてしまった。

配役と言うか、チームなんだろうね。

神山繁の息子に古田新太だからあり得る。柄本明の息子が古田新太じゃ無理なんだ、やはり野村宏伸がいいのだ。

今回は何よりもかによりも、断然いいのが、旭=佐藤健の存在である。

佐藤健が父や母を思い出す手法で描かれている、この佐藤健の掌の中の思い出ドラマがとても素晴らしい。

大きくなった旭が皆の期待を裏切らないいい青年になっている。

佐藤健の演技が素晴らしいということじゃないか。

掌の過去を台無しにする下手な役者だっていそうなものだが・・・

佐藤健は出番は少ないながら全てと掌握してしっかりと『とんび』の素敵な主演俳優になっているのだ。

そうそう、ヤスが葛原(音尾琢真、NHKでは塚地武雅)のお嫁さんを「クズ嫁」って呼んでいたが面白かった。

そんな、ちょっと恥ずかしがり屋の憎まれ口が楽しい会話を展開させている。

優しさ悲しさを裏に秘めた親子の、周りの味方達との会話の暖かさをユーモラスに味わえる、いいドラマだと思えるよ。

しまった・・・絶対に見ないぞと言っておいて、もうすっかりTBSの『とんび』ファンか。
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by keshi-gomu | 2013-02-03 14:42 | 週刊テレビ批評

1月28日 『純と愛』 武田鉄矢は死んじゃうのか・・

******************
NHK連続テレビ小説「純と愛」(月―土曜前8・00)でヒロインの父・善行の死を描く第19週(2月4~9日放送)の試写会が22日、NHK大阪放送局で行われ、善行を演じる武田鉄矢が作品への思いなどを語った。
善行の死を描いたシーンについて、「朝ドラというドラマの中の、凡たる、砂粒のような団塊世代の父親が、娘とうまくいかず、そのうまくいかない人生の中でも最後に一点だけ、らしいことをして地上から消えていく、という、凡たる男の、凡たる死の物語。それが逆に普遍性を持ちうるのではないかという、そんな思いで演じた」と、武田らしい言い回しで表現。
                      *****2013年1月25日 読売新聞*****


へぇ~、この連続ドラマの題名『純と愛』って言うんだったんだ。(今頃?)

ず~っと見ていて、てっきり『愛と純』だと思ってた。

過去のブログにもそう書いてたかも。

ついね、昔。。。『愛と誠』と言うドラマがあったから。

愛が先に来ちゃうのよねぇ、私としては。

そう言えば、今回は『愛=いとし』でしたものね。『愛=あい』じゃないのよ。

それに、主人公は『純』だし・・・・

って、そこに驚くんじゃなかった。


へぇ~、お父さん役の、あの素晴らしい名前『善行さん』役の、武田鉄矢が死んじゃうんだぁ・・

ん?逆かぁ?

武田鉄矢の演ずるお父さんが死んじゃうんだね。

NHKさん、そう来ましたかって感じ。

また死で禊かい?死を描くことでなんでも美化できると思ってるのかな?

なんだか逃げ手みたいで納得できないよ。

面白くないと毎日思いながらも続けて見てきたが・・・

純のコンプレックスの減点みたいな善行父を排除することで、純が未来に望みを抱いて進んでいくドラマか?

それって最悪の展開じゃないか。

それとも単に、NHKさんの捨て身の宣伝効果期待ですかね。


19週を見ていないから何とも言えないけど、まさかまたダンプカーとか言わないでよ。

そうじゃなくても、「101回目のプロポーズ」のワンシーンみたいの出てきてるだけで、安物フェイクドラマみたいで、見せつけられている方がギブアップ状態なんだから。

もう一つ、美しい沖縄の海も汚(けが)すなっ。

by keshi-gomu | 2013-01-28 00:47 | 週刊テレビ批評

1月12日 『八重の桜』は大河ドラマの王道を行く

福島県をメインにすると言えば、東日本大震災の復興支援だろうと誰もが思う流れである。
そしてその復興支援は、日本国中の人間が納得し応援するところだろう。
今回はめったやたらなことでブーイングを言わせぬよう、NHKも王道を行く覚悟のようだ。
復興支援と打ち出されたら、どっかの知事さんすらいちゃもんをつける勇気はないだろうが。

第1回放送の『八重の桜』を見て、成長した大河ドラマの手法とそれこそ昔から引き継ぐ王道大河との融合に拍手を贈りたいと思う。
『龍馬伝』あたりからの映画手法が成長してさらに綿密になってきた感がする。
アメリカ南北戦争から始まる映像に、「そうだよ、そうだよ、木を見ず森を見よ(こんな言葉はないがね)だよ」と嬉しくなった。
当時の閉鎖的日本を、今までのようにそれこそ閉鎖的に内側だけ描かくにとどまらず世界史にしたところが面白いではないか。

福島から始まる世界史を今後の日本が作り出していけるように祈りを込めて・・・

私が綾瀬はるかを好きだから、好感をもって見られるのかもしれないが、NHKの王道大河にスタッフ一同の気の使いよう(多分東北への思いを大切にしているから)が見えてとれる部分も安心して見られる原因かもしれない。
過去の教訓、同じ轍は二度踏まぬをモットウにしているのだろう。
流石に『江』の時のように、綾瀬はるかに子役はさせなかったしね。
上手な可愛い子役鈴木梨央に八重の導入部分を託し、それでいて鈴木梨央が花開くのびのびとした八重を演じさせていた。
子役登場、子役の可愛さに皆心動かされて話にのめりこんでゆく・・これこそ普通の大河である。
そして『天地人』の加藤清志郎などでみられる"子役にその座を奪われそうになる"危機が生れないうちに綾瀬はるかに第2回目でバトンタッチしていく手法。
いや、今回はそれをも恐れて最初から綾瀬はるかをちらちらと登場させていたね。

俳優も豪華で、年配から若者まで全員の良さが生きるいい配役をされていると思う。
出来るだけ福島出身を選んだのだろうけど。
西田敏行、佐藤B作・・・って、寂しかな有名人は2人しかいないようであるが。
しかし、配役は本当に豪華で私は面白いなぁと思った。
新島襄(にいじま じょう) はじょうつながりで オダギリジョーなんでしょ?・・なんてね。
川崎尚之助の長谷川博己や 新島襄のオダギリジョーも面白いけど、なんて言ったって、松平容保の綾野剛が素晴らしくいい。
あの、憂いを持った殿様が未来の会津を象徴しているようで・・・・
鈴木梨央ら子供がしでかしてしまった事件に家臣西田敏行は「ならぬことはならぬのです」と子供たちにしっぺの刑を命じる。
その時の「うん、それで良い・・・・」と言った綾野剛。
堺雅人が大奥の池の上で見せた演技に匹敵するくらい、視聴者の心を掴んだのではないか?
『カーネーション』から『八重の桜』とNHKでは、どんどん良い重ね着をしているようだ。

国元に帰ってきた若殿様に家臣が会津を教えていくと言う形を借りて、第1話の導入はとてもスムーズに終わった気がする。
今年一年間の大河ドラマ『八重の桜』がとても楽しみなMIKANである。

さて、
  『八重の桜』は悲劇なんだろうか?

by keshi-gomu | 2013-01-12 22:27 | 週刊テレビ批評

1月5日 『愛と純』 教えてくれ、このドラマを見る希望というやつを・・

NHKの朝の連続テレビ小説『愛と純』の後半戦が始まったようだ。

今日の最後、次週の予告で、「教えてくれ、生きる希望と言うやつを・・」と言うセリフが聞こえた。

次週から新たな新天地で、純と色々な人間との間での葛藤をまた"見せつけられるのだろうな"と思った。

教えてほしいのは、こっちだ。

教えてくれ、このドラマを見る希望と言うやつを・・・!



朝から、いや、新年最初から、ため息のでるような15分で・・・・

もう少し、輝く何かを期待させてくれよぉ~

連続テレビ小説は、朝日に照らされた食卓の朝食のミルクのようなものだったのだよ。

一気に飲み干せばその日の活力になる・・・そんな暗黙のミネラルドラマだったのだよ。

焦げた目玉焼きを「これでもかっ」てほど口にほおり込まれているようで・・・

食傷気味になっているよ。

「舘ひろし」があのまま終わるのも、どうも納得がいかないし。

今度は「余貴美子」が中途半端で終わりそうだなぁ。

全ての役者の持ち味を生かそうとしない演出家。

役者達を"半殺し"にして使っている、もの凄く"S"な演出家なんじゃないか?

もう一度、兵庫県知事がNHKに文句を言ってくれないかなぁ。

by keshi-gomu | 2013-01-05 21:46 | 週刊テレビ批評

1月2日 『ヨイトマケの唄』の反響がすごいのね

大晦日のNHK紅白歌合戦で『ヨイトマケの唄』を美輪明宏が歌った。
そこからネットでも話題騒然となっている。

そうなんだねぇ~、みんな知らないんだねぇ~、丸山明宏の『ヨイトマケの唄』を。
衝撃的な出来事だったのか、若い人たちには。

私の感想は、「あ、美輪明宏がデビュー当時に戻った」である。

私がまだ小学生だったか、美輪と改名する前の丸山明宏と言う青年が、この『ヨイトマケの唄』で世の中に出てきた。
私の記憶では学生服を着ていたような気さえする。
それほどまだ中性的なキャラを前面に出していなかったので清々しさすら感じていた。
どぎつい化粧もしていない頃だから、GAKUTOと言うより氷川きよしが黒い服を着て『ヨイトマケの唄』を歌っている感じ・・・と言うのが近いイメージだと思う。

歌はシャンソン歌手だもの上手いのは当然だが、今回の紅白では渾身込めて世の中にメッセージを送った感があるね。
若い人たちの心に、ガツンときたのなら大成功なのだろう。

多分私以上の年の者から言わせてもらうと、昔の日本人は皆あの美輪明宏のような心だったのだよ。
歌手も観客に向ってまっすぐの気持ちを真正面からぶつけてくる、受ける方も真正面で心から聞く耳と姿勢を持っていたのだ。
心のある歌には衣装はいらない。
「紅白に出場するのだもの、きらびやかな目立つ衣装を作らなきゃ」それは歌に自信のない踊り子さんのセリフだ。
聞かせてくれる歌手には、皆襟を正して聞く姿勢になるものだ。

いつもの黄色の美輪明宏は大嫌いだが、歌手丸山明宏が積み上げてきた"美輪明宏"には絶大なる拍手を贈りたい。

話は少しそれるが・・・・

私は、たった1度だけヨイトマケの現場を見たことがある。
「と~ちゃんのためなら、エンヤコラ」などと言っていたかどうかの記憶はないのだが。
背の高い太い棒に縄が付けられていて、円錐状に人々がその綱を一斉に引っ張る。
そして、また緩めると太い重い棒が上下してスゴイもの音を立てて地面をたたきつけていく。

子供心に、「何なんだろう」と見入っていたら、母親に叱られた。
「そんな風にじっと見つめるものじゃありません」と。
その時はなぜ叱られたのか分からなかったが。
そりゃそうだね、自分の働く様子を物珍しそうに見つめられたら相手がいくら子供でも嫌になるわな。
失礼な話だったのだ。

あの時の地響きを体で覚えているのが、私のちょっと変な自慢である。
『ヨイトマケの唄』と共に蘇った子供の時の美しい記憶である。

昔の日本人は、人生に真正面にぶつかって生きていたのだ。
そんな先輩方を見てきた私も己に問いかけてみた、今の自分、真正面からぶつかって生きているか・・・と。

小手先で上手に立ち回れる昨今、周りの人間がそうするからと言う理由で周りに同化する必要はないのだ。
不器用だっていいのだ、損な役回りをしたって構わない、やっぱり己が信じた真正面の道を堂々と歩こう。

美輪明宏、大成功だったね。
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by keshi-gomu | 2013-01-02 18:04 | 週刊テレビ批評

12月25日 『平清盛』最終回 西行はイタコか

熱病で死の淵を歩いていた清盛は、旧友の西行(藤木直人)の元へ生霊として出向いた。
人の心は、自分を解ってくれる人の元へ行くのだろうね。

話は現実のことになるが、MIKANの知り合いのお寺のご住職が仰っていた。
檀家さんがなくなったりすると、夜玄関から風が吹いてきて霊が入ってらっしゃる物音がするのだと。
その物音がしたな・・と思った数時間後には、そのお宅から電話がかかってくるのだそうだ。
幸いに(?)、そのお寺にMIKANが泊まった夜は音が聞こえるようなことはなかった。

話を平清盛に戻して。
その後、清盛死後、西行は清盛の遺言を皆に伝えに行く。

平家一門に、源頼朝に。

なんと、西行が話し出すと、その声、姿までもが清盛になってしまうのだ。
「あなたは恐山のイタコか?」って突っ込みたくなるほど、面白かった。

多分、NHKさんが考えただろう。『平清盛の最終回』にその清盛がいないなんて・・・と。

松山ケンイチを光らせて終わらねば、本当に最終回が「源平合戦・壇ノ浦の戦」になってしまう。
そこで、イタコ西行を借りて平ケンイチを光らせたのだ。
最終回こそ(?)光らない君が光るのだ。

そうそう、光らない君と言えば。
清盛は時子(深田恭子)に「ワシの紫の上じゃ」なんて言ってみたりして。
これって西行のアドリブじゃないの?
だって、昔から清盛の恋文の代筆をしていたくらいに女心に精通している人だったものね。
そこまで曲がってるのかMIKANは(^^ゞ

先週、清盛が「武士はもはや王家の犬ではございませぬ」と後白河法皇に言い放った通り、
自分が武士の世を作り上げた自負はあったのだろう。
ただ、もう一歩、その形を完全に整えられなかった。
それを、自分の子供たちでなく、ライバル旧友の子源頼朝に託さねばならなかった皮肉と嬉しさ。
面白い演出だと思った。

松田翔太も老け顔を作って年とった演技はしているものの、声が若いねぇ。
無理なのか、あの「あそびをせんとや・・・」と歌い出すと若者に戻っている。
その点、松山ケンイチは歌わないから目立たないが、松ケンの顔の老人シワ、シミ、その老け顔はもの凄い。
彼自身の演技も昔の清盛を忘れてしまったように老人清盛が当たり前になっている上手さ。
あれだけ、ブーイングだったけど、松山ケンイチの演技も捨てたもんじゃない。

時子が言った。
「海の底にも都があるやもしれませぬ」・・・って・・・「海の底にも都はありまする」・・・って・・・あるのかい?
平家一門は、今でも海の底に住んでいるんですよぉ~。
鯛や平目の舞い踊り・・・竜宮城ってここかもしれませぬ。
そして、その上、海上では、莵丸の息子がしっかりと宋銭で商売をしていた。
・・・と解釈していいのだよね。まさか、海賊に戻ったと言う流れ・・・じゃないわなぁ。
室町のころも海賊が多かったのは事実だけど・・・
平家一門は、海にいるってことである。
アトランティス日本版ってことかな?

この大河ドラマで勉強になったことが一つある。
森田剛の時忠は、三種の神器を守ったとの功績で命を長らえたとナレーションで岡田将生が言っていた。
そうなんだ、調子よく生き抜く人は史実でも長生きできているのか。
勉強になるわなぁ。

最終回に数年を描かねばならなかった苦しさがあるけど、清盛が死んだ所では終われないものがあったのだろうね。
このドラマ、頼朝の歴史すら端折られているのだもの、義経と弁慶なんて数秒の立往生シーンだった。
可哀そうな義経はドラマの割り当て時間まで数秒で可哀そうだね。
判官びいきの日本人は、ますます義経びいきになるのかな。

1年間にわたって、色々なブーイングが聞かれた大河ドラマ『平清盛』だったが、私は好きなドラマ演出だった。
過激だったり、汚かったり、それが今までにない抽象芸術のような面白さだった。
歌を詠みあう貴族の優美さに相反する武士の誕生を描きたかった手法だったと納得できる。
西行は、貴族的な心と武士の心と、両方を兼ね備えた人物だったからこそどちらにもなりきれなかったのではないか。
和歌が流れる大河もなかなかおつなものだと思いませぬか?
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by keshi-gomu | 2012-12-25 00:14 | 週刊テレビ批評

11月22日 『実験刑事トトリ』をレギュラー番組にして欲しい

久々に次回が楽しみなドラマを見つけた。

NHK『実験刑事トトリ』である。

だが、折角見つけたのにたった5話で終わりだと言う。

あの三上博史と高橋光臣のコンビは、民放の有名処刑事コンビに引けを取らない最高の"相棒"だと思うのだが。

5話で終わりにするには、あまりにもいい出来のドラマである。

NHKなのだから、ワンクールと言わず半年、いや、1年連続ドラマに仕立てて欲しいぞ。

高橋光臣の先輩刑事が、年上の三上博史演じる後輩刑事の教育担当。

教育しているはずの先輩が後輩に刺激を受けて自分自身も少しずつ成長している。

「梅ちゃん先生」で変り者松岡を演じた高橋光臣が、普通の人間役にもどった様でいてそうでもない。

先輩刑事の醸し出す少しずれている鈍感さが、どこか松岡を思い出させてくれて面白い。

普通の人間だが、ただの凡人とは言い難い、磨けば光る何かを秘めているような期待すらしてしまうのは、私が高橋光臣のファンになりかけているからかな。

完全犯罪を見事に見抜く三上博史も、松岡以上の変り者に描かれている割には、その芯にあるものは情だったり心のキビを見抜く目だったりと、案外常識人に見えるのは私だけなんだろうか。

そうそう、カーネーションであまりにも芝居が下手だよねぇ・・と思ってしまった夏木マリがゲストで登場していた回があった。

見出した途端思わず思った「こうじゃなきゃいけない、これこそ夏木マリだ」と。

夏木マリが光る素敵な芝居をしていたよ。

結局、「カーネーション」では女優夏木マリを使いこなせなかったのだと再び納得した。

『実験刑事トトリ』は久々のNHKヒット作となりそうだ。(視聴率の話ではなく、作品の出来としてね)

どの回も完全犯罪を見抜くトトリのあの小気味よさ。

先輩刑事とのやり取りがコミカルでそれでいてウエットで。

1話ごと、見終ると実に満足感が得られるドラマ作りは、それこそ完全犯罪としか言いようがない。

「いいねぇ」と言われる内に終わりたいと思うのだろうが、「高橋光臣を使える役者にする」という"実験放送"も成功していそうだから、せめて新春あたりからレギュラー化してくれないかね?

あ、「栗山千明を目立つ役者にする」という"実験放送"も兼ねていたみたいだけど・・・・

こっちは、「あさイチ」で言われなければ分からなかった。

テレビinテレビの中で、扮装して歌っている可愛い子が栗山千明だと言うことが。

警察署内の婦人警官役にしなかったところが、これまた凝った"実験放送"だったのだね。
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このパスタも実験なのかな?

栗ときのこのクリームパスタ。秋の素材で美味しそうだけど・・・・

パスタ全体が甘いのよ。

栗の甘露煮使ってないかぁ?

by keshi-gomu | 2012-11-22 23:15 | 週刊テレビ批評

11月17日 『愛と純』って韓国ドラマみたいだ

そんなに沢山の韓国ドラマを見たことがないけれど・・・
韓国ドラマはいつも『苦しい』って言う状況を楽しんでいるみたいな気がする。

「イサン」とか「トンイ」とか、イジメられて苦しい状況下にあって・・・とその苦しい期間がやけに長い。

それをくぐり抜ければきっと見ている者がホッとする心地よいハッピーエンドが待っていると思いきや、そうではないのだ。

難関をくぐり抜けたその場面すら、韓国人はきちんと楽しまないらしい。
嬉しい場面は数分で終わる。
それも嬉しい場面にはいつも灰色の霧がうっすら立ち込めている感じがする。
胸をなでおろす間もなく次の難関が待ち受けるのだ。
ドラマの最終回であっても「あれ?これで終わりなの?」と思わせられる意外な終わり方をする。

何故に韓国ドラマの話をするのだ?とお思いだろうが・・・・
今のNHK朝の連続ドラマ「愛と純」がまさに韓国ドラマ形式だなぁと思うからである。

昔から朝の連続ドラマは、土曜日には『一週間を締めくくるホッとする小さなハッピーエンド』が待っていたものだ。
極端に言えば、月曜と土曜を見れば1週間の流れがわかるのが相場だった。

ところが、今回のドラマ「愛と純」は違っている。
土曜日には『一週間の難関が更に度を増して悲惨になって、おまけに尻切れトンボ』でと、ただイラつきだけが残るだけ。
オマケに来週に尾を引きそうな火種を点けてむやみに放り出す手法だ。

これこそ韓国ドラマ形式なのだとつくづく思った。
最近この形式に日本人は毒されていないか?

あの有名どころ、45分に印籠が出てきて今回もめでたしめでたし「カッカッカ」と高笑いで終わる時代物に代表されるように。
日本のドラマは心地よい感動の結末を用意しているのが決まりだったのだ。
特に朝の連続ドラマは、ほのぼの『よかったね』の繰り返しで作られてきたのが常識だった。

そんなハッピーエンドの作り方はもう古いよ、「愛と純」の手法は斬新なんだよ・・・の声が聞こえそうだが。
私はそうは思わない。
苦しみの後の嬉しさを十分に味合えない、なんとなく人の不幸だけを楽しむようなような韓国ドラマ手法が、現代日本人の気持ちを希薄にしていく感じがするのだ。

怪獣大戦争のその先に、愛と純の結婚式はあったのか?
疎まれている従業員のその中でウエディングベルは鳴ったのか?
証拠写真だけ写したのかな?
誰もかれも役者陣が上っ面の軽いノリで演じているけど、舘ひろしはどこかで素敵な社長に化けるのか?
この繰り返しで、最終回には、やっぱり尻切れトンボで終るんだろうか?

1つだけ言えること。
「愛と純」は悲劇ではない、やっぱり喜劇なんだろう。
ただし、『笑えない喜劇』だね。(聞こえ良く例えれば、シュールな漫画みたいなものか)

夜、役所の警備室で「ご苦労様です」の声と共に淡々と受け取られた結婚届。
日本の現状を写しているドラマだと作り手は意気揚々なんだろうけどねぇ。

流石に日本中の役所のどの警備室の窓口でも、結婚届を受けた人は「おめでとう」の一言は言うと思うんだけどなぁ・・・
そこまで日本人は落ちぶれていないと思っているのは、いや、願っているのは私だけなんだろうか?

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by keshi-gomu | 2012-11-17 23:17 | 週刊テレビ批評