カテゴリ:おもいでほろほろ( 67 )

9月30日 上野が懐かしいのには訳がある

眠れる森の美女は眠り過ぎ・・・

チェックアウトギリギリに部屋を抜け出しました。

ホテルは既に清掃タイム。

こういう情景をみると、草刈民代を思い出します。

眠れる森の熟女でしたっけ。

世の女性たちは美しく働いているのです。
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梅ちゃん先生の中で、

『ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく』 と

集団就職で出てきた光男君が言っていたので、上野駅に行ってきましたよ。

光男君も、MIKANも上野駅が懐かしいのです。

あ、σ(^_^)は東京生まれでした。

訛りわかんないべなぁ・・・

秋田新幹線の模型展示です。
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千葉からのオノボリサンは、やめりゃいいのに駅前の喫茶店で・・・

「パンダランチ」を頼んでしまいました。

笹の中のパンダが可愛いでしょ・・・って、これで880円は高いわいっ。

ハンバーグともつかない握ったひき肉の塊が4個と目玉焼きが白いご飯の上にのってます。

オノボリサンと子供相手にしても、も少し料理らしいものを出してほしいですなぁ。

上野はイチゲンサンから儲ける街だと言うことは昔から知っているんですけどね。
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実はσ(^_^)、今はオノボリサンだけど、学校時代はこの辺が庭だったのよ。
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by keshi-gomu | 2012-09-30 16:33 | おもいでほろほろ

9月29日 高倉健の主演映画を1つ上げると

中学の同級生と飲み会開始です。
今日は野菜専門居酒屋に行ってきました。
突き出しもちょっくら凝っています。
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定番のシーザーサラダ。
この頃シーザーサラダには半熟卵がのっかってるけど、これって流行りなのかなぁ?
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牛蒡の揚げ物が出てくると、「東京裁判」が話題になる我々。
アメリカ兵が「日本人は植物の根(牛蒡のこと)を食べさせた」と言ったんだそうな。
この辺が出る辺りが、同級生たちの歴史を感じるでしょ?
その次は「私は貝になりたいは、フランキー堺が一番よかったよね」とくる。
「中居正広がいい」とは誰一人言わない。
なんだか話が高倉健に移り・・・
「高倉健の四十七人の刺客は忠臣蔵の中で一番面白くなかった」
「高倉健って色々出てるけど、イマイチ上手いと思わないのよねぇ」
言いたい放題。
「幸福の黄色いハンカチ」「八甲田山」「鉄道員(ぽっぽや)」「駅 STATION」・・・・・
それぞれが高倉健の映画をあげていく。
ところがね、これで我々の年齢が分かると言うものだ。
『高倉健と言ったら任侠ものだろう』なんて言う人間が1人もいないのだ。
そう、本当の高倉健を知っているのは、我々より上の年齢の人なんだろうね。
「網走番外地」「日本侠客伝」「花と龍」・・・・観てないよぉ~
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鶏の塩麹焼き。
塩麹・・・流行ってます。
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流石に野菜屋さんのお刺身は寂しい。
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茄子の肉みそチーズ焼きなら、こんなに大きいのに。
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無花果のピーナツ味噌は、ピーナッツの大勝利。
無花果の味が分からない・・・そうでなくとも最近無花果の味を忘れていたのに・・・・
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豚の角煮にもいろいろな野菜が、小茄子にズッキーニ、半月の野菜は南瓜。
「誰か目玉焼きの白身だけ食べたでしょ?」と言い出す者が出てきて・・・
「誰も食べてないよ~」と反論するσ(^_^)
「だからこの写真見れば分かるってっ」
証拠写真か?
まったく、子供ばっかなんだから・・・・

ワイのワイのやってる子供たち・・・子供のくせに酔い潰れやしない。^m^
こうして夜は更けていきました。

南瓜の馬車の最終がなくなる前に・・・と、シンデレラが1人先に帰って行きましたとさ。
ん?・・・・シンデレラボーイ?

え?シンデレラって私のことかって?
いえいえ、私は眠れる森の美女ですものぉ~
・・・・・・・ホテルに戻ってすぐに爆睡です。
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by keshi-gomu | 2012-09-29 23:38 | おもいでほろほろ

9月2日 昭和レトロの電化製品

*******昭和30年代の“宝箱”ズラリ トホホ?な家電も紹介 足立郷土博物館******
 日本が元気だった昭和30年代に登場したたくさんのおもしろ家電を紹介する展覧会「タイムスリップ 昭和家電」が、東京都足立区大谷田の区立郷土博物館で開かれている。大阪府枚方市在住のレトロ家電コレクターで「大阪市立住まいのミュージアム」研究員、増田健一さん(49)のコレクションで、都内では初の展示だ。
 増田さんは、小学生の頃、30年代の日本や東京を取り上げた写真集を見てその活気に取りつかれた。特に失敗作、勇み足だった製品に興味を持ち、古道具商や露天市をめぐって集めたという。
 増田さんのコレクションは家電だけで約700点、雑誌や食品、洗剤などを含めると約2千点に及ぶ。その中から約100点が展示されている。
 「三種の神器」と呼ばれた白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫をはじめとする様々な家電が誕生、普及した30年代。家電は豊かさの象徴であり、あこがれの存在でもあった。当時のシンプルかつ丸みをおびたレトロなデザインはどこか懐かしくかわいらしい。
 その一方、トホホな家電、アイデア倒れの家電も少なくない。
 まだテレビが高価だった時代に雰囲気だけでもテレビを味わいたいという人向けにシャープの「テレビ型ラジオ」。暗いところで電源を付けると画面にラジオのチューナーが映し出される。これで楽しかったのだろうか。
 受話器は1つでダイヤルが2つ、向き合って使える電話、岩崎通信機の「ボースホーン」。当時は電話が重かったから、意外と便利かも。今なら絶対不要だが…。
 上下に2つの羽が付いている富士電機の扇風機「サイレントペア」は昭和32年の発売。別々にオン・オフや強弱を切り替えられる。これで2倍涼しい?
 電気ハサミに電気缶切り…と何でも電気を使ってみましたという製品も少なくない。
そういえば、実家に「電気ゆで卵器」(東芝製)というのがあったが、あれもトホホ家電の一種だったのかなあ。
 中でもお薦めは、スイッチを切り替えると羽が逆回転し、後ろから風が出る日立製作所の扇風機「ポルカ」だ。34年に発売され、普通の扇風機の約2倍に当たる7200円、当時の月給の約半分だったという
 トーストと目玉焼き、ホットミルクを同時に作れる東芝の「スナック3」は40年発売で3500円した。「発想が間抜けでしょ。毎日こればっかりやったら飽きるやろと。大メーカーがまじめにこんなもの作ったんやな。洋風な生活に憧れたんでしょうね」と増田さん。
 だが、これこそ当時の日本人の夢や希望が詰まった“宝箱”だと説明する。
 「30年代は世の中ががらっと変わり、マーケティングとか考えず作られた。今やったら売れへんで、安全面で問題あるで、という商品がたくさん。見ても教養は深まらないけど、ほっこりしてもらえれば」と笑う。
 これらを見ると、今の中国やインドで登場している家電を笑うことはできないなあ、という気分になる。
 10月8日まで、高校生以上200円。月曜休館(祝日の場合は翌日休館)で、10月1日(区民の日)は開館。
 9月15日は無料公開日となり、午後2時から3時半まで、増田さんの「家電おもしろ大解説」が行われる。定員は100人、先着順。申し込みは不要。
                      **********2012.9.2 MSN産経ニュース**********


そう言えば、自分の育ってきた時代の家電を今も持っていたらスゴイコレクターになっていたのだろうな。

あの頃の家電は私のものではなく親の物だったから、「捨てる」という決断の特権も親にあったものね。

先日書いた昭和28年からあったテレビですら、ある日学校から帰ってきたら大きなカラーテレビと入れ替わっていたもの。
あの初期のテレビは、私の育ての親(赤ん坊の時からテレビの前にドンと座っていたらしい)だもの・・
私としてはずっと持っておきたかったのに・・・悲しかった。

昭和31年に買った冷蔵庫の前にもいつも私がいたそうだ。
当時小さかった私が中に入ってしまうと大変だと親はそうとう気を使っていたそうだが、私は今のエアコン代わりに使っていただけだったのだよ。
ま、中に私の好きな食べ物が入っていたら、その食べ物がなくなっていたのは言うまでもないが。
この冷蔵庫もある日突然、新しい冷蔵庫に入れ替わったね。

と、家電は新しいものとの入れ替えで消えていくものだったのだ。
このニュースの人、増田さんみたいに、自分から捜し歩かなければ見つからない物だろう。

上のニュースで、トホホな家電とあるが・・・・
我が家にそのトホホな家電もあったよ。

「電気缶切り」に「電気ゆで卵器」。
「スイッチを切り替えると羽が逆回転し、後ろから風が出る扇風機」もあった。
私は、それらは普通の新作家電だと思っていたけどなぁ。

電気製品は使わなくなるとただの置物と化す。
だから、普通の家庭では新製品のみを残し、古い物は捨ててきたのだ。
コレクターが発生しやすい分野ではあるね。

面白そうな展覧会だ。
見に行ってみようかなぁ~

足立区のホームページ: http://www.city.adachi.tokyo.jp/hakubutsukan/2012kaden.html
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by keshi-gomu | 2012-09-02 19:42 | おもいでほろほろ

4月8日  『うまい棒』はうまいのか

**********うまい棒****************
 小腹がすいたときにつまみたくなるスナック菓子「うまい棒」。学校帰りに立ち寄った駄菓子屋で、友達と一緒に食べた経験を持つ人も多いのでは。昭和54年発売のロングセラー商品だ。
 人気の秘密は安さと多彩な味。価格は発売以来、1本10円を維持。販売会社の「やおきん」(東京都墨田区)では、「子供たちが小遣いで気軽に買えるよう、10円という価格にこだわっている」と説明する。
 ソース、サラミ、カレーの3種類でスタートし、ロブスター味、梅おにぎり味などさまざまな味の商品が作られてきた。現在販売中の味は、チーズ、トンカツソース、たこ焼きなど17種類。めんたいやコーンポタージュなどの人気が高いという。
 かつては駄菓子屋で売られていたが、今はコンビニエンスストアやスーパーなどが主な販売ルート。子供たちのおやつとして、さらにはビールなどのおつまみとしても親しまれている。真ん中に穴の開いた形状は、パリッとした食感を出したり、輸送時に壊れにくくするための工夫だ。

 〈メモ〉袋に描かれているキャラクターの名前は「決まっていない」(やおきん)。
                                   **********msn2012.4.4************


誰でもが知っている『うまい棒』。
今やコンビニでも必ず売っているものねぇ。
ドラえもんのような・・コロ助のような・・キャラのついた全国的に有名なお菓子である。
(へぇ、初めて知った。このキャラは名前のないキャラクターなんだね)

ところがMIKANはあまり食べたことがない。
会社の人にもらったりして、口にしてみるが・・・・ごめんなさい、イマイチその『うまい』が理解できない。
しかし、会社の周りの人たちは、『うまい』と言う。(いや、『おいしい』と言う)
考えてみると・・・・周りの人たちは、この『うまい棒』歴史のジャストミート時代なのだ。
この味は、ノスタルジーのなせる技なのだ。

ニュースによると、昭和54年発売の商品。
しまった、MIKANはすっかり大人だったよ。
駄菓子屋も行かないし・・・その頃、コンビニにも置いていなかったものねぇ。
当時子供だった今の大人が、ビールの友に買うのかもしれない。

この会社『やおきん』は、さぞや大企業かと思えば、イマイチ、明治、森永・・・などとは並んでいないようだ。
福岡の『チロルチョコ』と同じようなものかもしれない。
ヒット作が出て、一躍全国知名度が上がっても、一流菓子メーカーにちょいと遅れを取っている。
なんでなんだろうな?

そうそう、思い出した。
会社では大人たちの間で人気だからっていう理由で・・・
自分が『うまい棒』の全盛期にリアルタイムじゃなかったくせに、去年のクラス会の景品に入れてしまった。
道理で、この景品が当った友達が首をひねっていたわけだ。
MIKANがリアルタイムじゃないのなら、同級生もリアルタイムじゃなかったよね。

たぶん、景品に入れて喜ばれたのは、同じ『やおきん』で発売しているこちらだろう。
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『お札たらBIG』だ。
壱億円札の形をした珍味たらである。(どれだけ0がついてるんじゃい)
みんな、お酒好きだものねぇ~。
これをつまみにお酒を飲んだら、いい夢見られるよぉ~。(夢だけかい?)

やおきんホームページ : http://www.yaokin.com/

 
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by keshi-gomu | 2012-04-08 15:56 | おもいでほろほろ

4月3日  ママからの電話

会社が休みだとパソコンを開いたり、テレビを見たりとだらだらと時間が過ぎていく。

やらなくてはいけないことは後回しで、食べることだけはしっかりと「マストでしょ」とクリアしていく。

外では暴風が音を立てて荒れている。

電話が鳴った。

「病院が長引いちゃってね。買い物してもうすぐ帰るから」
「大丈夫なの?風邪凄いでしょ。今日はこれから雨も凄くなるって言ってたわよ」
「総武線は動いてるのよ、もうすぐ津田沼だから。あ、お腹すいたら先に食べてて」
「隣でも何か食べてるみたいだから心配しないで。津田沼からはタクシーの方がいいわよ」
「そうね。じゃ、もうすぐ帰るから」
電話を切った。
隣の部屋でも気になったらしい。
ドアを半開きに開けて聞いてきた。
「何?電話?」
「うん、ママから。もうすぐ帰ってくるって」
「あ、そう」
扉を閉めて隣の部屋に戻ったと思ったら、なんだか静かになった。
「なにやってるの~?」
返事がない。
気になるから様子を見にいった。
隣の部屋はがら~んと誰もいない。
「電気もつけずに・・・」
ママが帰ってくると聞いたら、逃げるようにパパが消えた。

突風がガタンと雨戸を揺らした。

その音で目が覚めた。

手には携帯が握りしめられている。

『あ~あ、朝会社に電話したまま、寝ちゃったんだぁ』

時計を見ると、既に午後になっていた。

『さてと、お昼は何を食べようかなぁ・・』

平日の誰もいない午後がゆっくりと過ぎていく。

そうそう、お伝えしておかねばならないが・・・MIKANのパパもママも既にこの世の人ではない。

あ、4月3日、今日はパパの命日じゃん。
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by keshi-gomu | 2012-04-03 15:07 | おもいでほろほろ

3月19日  京王プラザホテルが一番高層だったのですよね、タモリさん

この間TVで『新宿』を取り上げていた。

新宿かぁ、色々な時代の色々な思い出がある街だ。

「歌舞伎町?」
いえ、あの中はちょっと怖くて歩けないMIKANでしたよ。
あそこの焼き鳥屋さんや鯨屋さんやカレー屋さんも美味しいよ・・・って詳しいじゃん。

『伊勢丹』の美術館によく絵画を見にも行ったね。
映画館まで歩いてくると代々木公園の桜が綺麗だったけ。

同級生のマリコに「有名なジャズ喫茶がなくなるから」と連れて行かれたけどいっぱいで入れなかった。
その店中を見て「ちょいと上の年代の人の集まる場なんだな」と感想を持ったよ。

そんな昔の新宿を知っているσ(^_^)
昔は縦に抜けて高島屋なんてルートがなかったから、素直に新宿通り、明治通り界隈を新宿って思ってたね。
帰りは決まって『高野』(TAKANOじゃなく)なのよ。

新宿の反対側も今でこそ高層ビル群だけど・・・
最初は京王プラザホテルしかなかったのだよ。
そんな頃から新宿を知ってるMIKANなのねぇ。

京王プラザホテルの2階喫茶店で、よく父と待ち合わせをした。
そこまでは母と2人で出かけて行く。
ある日のこと、いつものように喫茶店で落ち合った3人はホテルのロビーを歩いていた。

するとTVの中継インタビューにつかまってしまったことがあったっけ。
中継の相手は大阪の会場にいる宮城まり子。
さっき書いたマリコは単なる同級生、こちらは有名な歌手女優だ。
なんだか自分のコンサートの一部分で、東京の有名な高層ビルを写していたらしい。

辺りを見回せば子供は私だけ。
まぁ、順当な人選だろうとは・・・普通は思うわな。
ただ、MIKANを選んだところがちょっとまずかったね。

宮城まり子が聞いてきた。
「今、日本一高いビルにいらっしゃるんですね」
素直なMIKANは答えた。
「2階にいます」
「お名前は何とおっしゃるんですか?」
「MIKANと言います」
おお、素直だ。
「MIKANちゃん、今日はどちらからいらっしゃったの?」
東京見物に来た地方の親子を求めているようだが・・・
「東京に住んでます」
「どなたといっしょですか?」
「父と母と来ました」
いやぁ、可愛い。
「そうなのね、京王プラザホテルが高層だってことが珍しくてご家族でいらしたのね?」
「ここは、しょっちゅう父と待ち合わせをしている場所です」
「これから展望室で東京を見るのかしら?」
「いいえ、これから3人で食事に行きます」
「・・・・」
急に周りの人に何か言いだしたまり子さん。
「ダメよ、他の子探して、他の子・・」

まり子さん、カメラ目線でにっこりと私の方を向きました。
「ご家族で楽しいお食事してらしてくださいね」
「ありがとうございます」

「他の子捕まえて、他の子・・・」
焦ってらっしゃる宮城まり子さん。
あの~、マイク入ってますけど・・・・

いやぁ、子供のころから素直な可愛いMIKANちゃんでしたねぇ。
生中継にも動ぜず^m^

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by keshi-gomu | 2012-03-19 00:03 | おもいでほろほろ

3月7日  『純喫茶』と『喫茶店』の違いは何?

中学生くらいの頃。
巷の看板に、『喫茶店』とある店と『純喫茶』とある店が存在していた。
同じ喫茶店で『純』の文字がつくものとつかないものの区別がつかなかったので、母に質問したことがあった。

「あれはね、戦後(昭和20年後)、食料不足になってね、コーヒー豆が品薄になったのよ。その時、色々な代用品が出回ったのね。大豆を炒って作った飲み物をコーヒーとして売っていた人もいたの。だから、本当のコーヒー豆で抽出したコーヒーを出す店が「うちは純粋豆のコーヒーを出してます」と『純喫茶』と名付けたわけ」
と答えが返ってきた。

もっともらしい・・・らしい・・・
もっともらしいでしょ?
なので、つい最近まで本当に信用していた。

実際は、明治の後半あたりから『カフェ―』と呼ばれるお酒を扱って女給さんたちがいた店が始まりで、それが昭和初期になって『喫茶店』と呼ばれるようになったらしい。
今のバーやらスナックやらのもっと過激なものと考えればよいのだろう。
私の生れる前あたりから、そういう過激喫茶店の取り締まり(喫茶店だけじゃなく過激なものの取締り)が始まりだんだん姿を消していったとのことだ。
それと並行して、本当に現在の喫茶店、コーヒーや紅茶、ジュースと言った酒を扱わない喫茶店も現れていた。
そこで間違われたくない店が「うちは酒を扱わない純粋な喫茶店です」と言うことで『純喫茶』と名乗ったのだった。

母は、本当にもっともらしいことを言ったもんだ。
父に聞いたらよかったのかな?

父だったらなんと言ったろう?
「『純喫茶』は純子って女性が始めたんだよ」くらいなものかな?
で、私のツッコミが「田村ジュンコ?」ってね。(コシノじゃないとこが難しいでしょ?)

MIKANの中学くらいの時は、まだ混在期だったのか、なごり時代だったのか。
両方の看板を見かけたものだった。
その頃、マックの第一号店も出来ていて、我々はファーストフード店へ行くのが主流となっていったけどね。
それでも喫茶店に入る時は、どこに入ってよいか悩んだものだ。
『喫茶店』と書いてあるフルーツパーラーみたいな店もあったし、『純喫茶』と書いてある店内が真っ暗の店もあった。
そうそう、御茶ノ水駅前のマクドナルドのすぐそばだったか・・
一度『純喫茶』と言う店に入ったら今の流行りの居酒屋みたいに個室に分かれていたことがあった。
友達と「なんだか落ち着かないね」と言って、すぐに出てきてしまったのを覚えている。
それ以来、MIKANとその友達は、『純喫茶』は「なんだか変な店」とのレッテルを貼ってしまったけ。

『カフェー』が『純喫茶』になり、『喫茶店』に名が変わり、今はカッコイイからと『カフェ』と呼ばれる店も登場している。
時代は巡るったって、似たような名前の付けすぎじゃて。

あれ?なんでこの話になったんだったっけ?
そうそう、「津田沼駅前の喫茶店に行ってサンドイッチを食べたよ」と書きたかったのだった。
この店に行くと決まってこれを注文する。
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コンビネーションサンドイッチ。
下の段が「スモークサーモンのサンド」で、上の段が「ローストビーフのサンド」になっている。
この脇に添えてあるピクルスも美味しいのだ。
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友人宅でそれぞれが何か持ち寄り少人数パーティーを開くと言った時があった。
MIKANは自分で何かを作るのが面倒なので、このコンビネーションサンドイッチを7皿分箱に詰めてもらって持って行った。
すると、好評で5分であっという間に完食となった。
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そして、飲み物はバナナのフレッシュジュースをオーダーする。

30年以上味が変わっていない、大好きなメニューである。
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by keshi-gomu | 2012-03-07 18:03 | おもいでほろほろ

2月23日  1964年の『クールミントガム』と『グリーンガム』

映画の『ALWAYS』の応援か・・・

『ALWAYS』にあやかってか・・・・

こんな缶入りのガムを見つけました。

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ロッテの『クールミントガム』と『グリーンガム』です。

この缶の絵も趣があっておもしろいでしょ。

オート三輪がいっぱい。(って、みんな知らない・・ってさ)

見たことがある人は「知ってる、知ってる」。

見たことがない人は「知識として知っている」と言うらしい。

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アップにするともっと、か~わ~い~い~。

「わ~い、乗ってみたい~」

今だと、タイに行けば乗れるかねぇ?

こちらは中に入っていた『ガム』です。

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『1964年当時販売していたパッケージを再現しました』とあります。

内側の銀色の包み紙が厚みがありますよ。

懐かしいパッケージですよねぇ。

もうひとつコメントが・・・・

『ガムは現在のものです』とありました。

そりゃそうだろっ。1964年のガムじゃぁ、口に入れる気がしないです。
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by keshi-gomu | 2012-02-23 22:57 | おもいでほろほろ

2月22日  遊びをせんとや生まれけむ~

2月2日にてっきり『猫の日』だと思ってブログを書きました。
その日に何故か、セロハンテープの写真が・・・・
「なんなんだぁ?」と思った方もいらっしゃったでしょうね。

内容は猫だけに砂のお話・・・
子供のころ海辺の砂浜や公園の砂場で遊んだ、砂遊びのお話でした。
砂で山を作り、そのてっぺんに棒をさします。
何人かで、順番に砂を手でかき山を崩していきます。
上に刺してあった棒を倒した人が負け。

それをね、会社でお隣の方とセロハンテープでやってみたのです。
普通に仕事をして、最後にセロハンテープを使い切った方が負け。
テープが残り少なくなってくるとなんとなく下の台紙が透けて見えてきますよね。
そのころゲームの開始となります。
2月2日には、MIKANが負けました。
それでも2日間はもったのですけど・・・最後を飾ったのが私でした。

2月22日、今日は本当の『猫の日』。
今日もセロハンテープの下の台紙が透けて見え始めました。
「じゃぁ、ゲーム開始」とゴングが午後3時頃なりました。

午後6時、その結果がもう出てしまったのです。
早っ!
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今回も・・・MIKANの敗北。
次にかけるぞぉ。

言っときますけどね、ちゃんと仕事しているんですよ。

あ、セロハンテープは2人で20日間もつってことだぁ・・・・発見!
いや、20日しかもたないってことかも。
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by keshi-gomu | 2012-02-22 21:09 | おもいでほろほろ

2月2日  今日は『猫の日』だと思ったら・・・

違うんですってよ。
『猫の日』は、2月22日だそうです。

2月2日は『伊東四郎の日』って言うのはどうですか?
『ニン、ニン』って。

その話じゃなかった・・・・
猫だけに・・・砂のお話・・・ってか?

子供のころ、砂遊びをしませんでしたか?
名前がよくわからないけど・・・

海辺の砂浜や公園の砂場で遊んだゲームでした。

砂で山を作り、そのてっぺんに棒をさします。
何人かで、順番に砂を手でかき山を崩していきます。
上に刺してあった棒を倒した人が負け。

こんなゲームをしたことはありませんか?

参加者の性格が出るんですよね。
「あぁ~、えっちゃん、ずるぅ~い。指一本で砂をかいてる」なんてね。
最後には、左右の小指で山をけずったりして・・・

幾つぐらいまで遊んだゲームでしょう?
小学生高学年までオーケーかなぁ?
ははは、MIKANからしたら、随分と遠い昔だぁ。

最近、急にその遊びをやりたくなったのです。
大人になってやってみるときっと面白いですよ。
ねぇ。

ニン、ニン。
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な、なんなんだ?この写真は?ばざーるでござーる?猫じゃないじゃん。
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by keshi-gomu | 2012-02-02 20:55 | おもいでほろほろ